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   <title>らすた・からー</title>
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   <subtitle>夏といえばレゲエ</subtitle>
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   <title>Catch a Fire</title>
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   <published>2010-01-14T05:22:05Z</published>
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   <summary>Catch a Fireは、メジャーなレーベルでは初となるザ・ウェイラーズのアル...</summary>
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      <![CDATA[Catch a Fireは、メジャーなレーベルでは初となるザ・ウェイラーズのアルバムです。

1973年にアイランド・レコードからリリースされました。

<img alt="catch_a_fire.jpg" src="http://nvhome.net/catch_a_fire.jpg" width="200" />

このアルバムにより、バンドは国際的な英雄となります＾＾

特にマーレイは世界中で、特にカリブやアフリカからのヨーロッパの移民や、米国のアフリカ系アメリカ人たちの間で特別な存在となったのです。

このアルバムの社会的な内容の歌詞、攻撃的な音は多くのリスナーに衝撃を与えました。

また、ボブ・マーリーとピーター・トッシュという二人の曲の対決的な主題や、抑圧下での自由への楽観的な視点に人々は惹き付けられます。

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   <title>タフ・ゴング</title>
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   <published>2009-12-26T03:07:32Z</published>
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   <summary>タフ・ゴング (Tuff Gong) は1970年にウェイラーズが作ったレーベル...</summary>
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      <![CDATA[タフ・ゴング (Tuff Gong) は1970年にウェイラーズが作ったレーベルです。

<img alt="tuffsbob2.JPG" src="http://nvhome.net/tuffsbob2.JPG" width="200" />

名前の由来は、ボブ・マーリーのあだ名から。

このレーベルの最初のシングルは、ウェイラーズによる「ラン・フォー・カバー - Run For Cover - 」です。

タフ・ゴング の本部は、ジャマイカのキングストン市の56ホープ・ロード、ボブ・マーリーの自宅に位置し、現在はボブ・マーリー・ミュージアムを併設しています。

今はボブの息子のローハン・マーリーが、同じ名前のアパレルブランドを運営しています。
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   <title>悲劇のピーター・トッシュ</title>
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   <published>2009-11-29T03:11:53Z</published>
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      <![CDATA[それに対して・・・・長身の伊達男だったピーターは、その後ストーンズのキース・リチャーズなどロック系のミュージシャンたちの作品に参加するなど、活発に活動を続けますよ～。

<img alt="peter_tosh.jpeg" src="http://nvhome.net/peter_tosh.jpeg" width="200" height="200" />

本当に正反対ですね～。
そして、核兵器の廃絶を訴える作品を発表したりして、ボブの意志を継ぐようなメッセージ性の高い作品を発表します！

ですが・・・・1987年9月11日キングストンの自宅で暴漢に撃たれ、悲劇の死を遂げます・・。
享年42歳でした・・まだ若いのに・・。（；；）]]>
      
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   <title>隠遁者バーニー・ウェラー</title>
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   <published>2009-10-29T02:09:40Z</published>
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   <summary>バーニー・ウェラー、彼ほど「バビロン的」都会文明を嫌ったレゲエ・アーティストも珍...</summary>
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      <![CDATA[バーニー・ウェラー、彼ほど「バビロン的」都会文明を嫌ったレゲエ・アーティストも珍しく、この後彼はジャマイカの田舎にこもり隠遁生活を送るようになりました。
都会から離れて・・・という事ですね＾＾

<img alt="ba-ni-.jpg" src="http://nvhome.net/ba-ni-.jpg" width="200" height="160" />

ですが・・・音楽活動を辞めた訳ではなく、たまに街に降りてきてはアルバムを録音し、少しずつゆっくですが素晴らしい作品を作り続けます。

のんびりとゆっくりと暮らす・・・ほのぼのしますね。]]>
      
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   <title>バーニー、ピーターの脱退</title>
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   <published>2009-09-30T06:18:28Z</published>
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      <![CDATA[しかし、きつきつのスケジュールのツアーが続くうちに・・・オリジナル・メンバーのバーニー・ウェラーは、突然アメリカン・ツアーをボイコットして、その後すぐにバンドを脱退してしまいました・・・。
きつきつの時って逃げたくなりますもんね＞＜

その為に、この年発売のアルバム「バーニン」はオリジナル・ウェイラーズ最後のアルバムとなって、1974年にジャマイカで実施されたマーヴィン・ゲイ・コンサートの前座が彼ら3人にとっての最期のライブとなるんです。残念・・。

<img alt="burnin.jpg" src="http://nvhome.net/burnin.jpg" width="200" height="198" />
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   <title>バビロンへの出発</title>
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   <summary>1973年、イギリス・ツアーをスタート！ すでに評判は、イギリス在住のジャマイカ...</summary>
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      1973年、イギリス・ツアーをスタート！

すでに評判は、イギリス在住のジャマイカ系黒人層を中心に白人層にまで拡大をみせ始めていました＾＾

そして、初のアメリカン・ツアーに出動。
そこでブルース・スプリングスティーン、スライ＆ザ・ファミリー・ストーンの前座を務めるのです。
      
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   <title>レゲエ元年</title>
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   <published>2009-07-30T12:08:11Z</published>
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   <summary>この1972年という年は、レゲエの世界進出元年とも言える年！ ジミー・クリフが主...</summary>
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      この1972年という年は、レゲエの世界進出元年とも言える年！
ジミー・クリフが主演したレゲエの伝説的映画「ハーダー・ゼイ・カム」が、この年に公開されて、サントラ盤が世界的に大ヒットしますよ～。大ヒット！

さらに、サイモン＆ガーファンクルを解散したばかりのポール・サイモンが、ジャマイカでレゲエ・ナンバー「母と子の絆」を録音、世界中で大ヒットとなりましたね。覚えていますでしょうか？＾＾

この曲は白人さんのレゲエ・ヒット第一号なんですよ。

      
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   <title>ザ・ウェイラーズ、世界デビュー</title>
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      ザ・ウェイラーズは、イギリスに渡り、「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ　I Can See Clearly Now」のヒットで有名なジョニー・ナッシュ Johnny Nashのバックとしてロンドンで録音に参加。

そこで彼らはジャマイカ出身のアイランド・レーベル社長クリス・ブラックウェルと知り合い、正式に契約を交わします。

当時世界進出を目指していたアイランド・レーベルは、ウェイラーズをレゲエ・ブームの切り札とするべく社運をかけてプッシュすることになり、彼らの世界デビュー・アルバム「キャッチ・ア・ファイヤー Catch A Fire」（1972年）が発表されました。
      
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   <title>ザ・ウェイラーズの完成</title>
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      1969年、ジャマイカの大物プロデューサー、リー・ペリーがザ・ウェイラーズのプロデュースをするようになります。

彼はウェイラーズのバックにバレット兄弟を中心とするお抱えのバンド、ジ・アップセッターズ The Upsettersを抜擢し、彼らに強力なリズム隊という武器を与えました。

1971年、さらにそこにタイロン・ダウニー Tyrone Downieという強力なキーボード奏者が加わり、オリジナルのウェイラーズが完成しました。
      
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   <title>The Wailers</title>
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      1963年彼らはジャマイカを代表するスタジオ「スタジオ・ワン」のコクソン・ドッドに認められ、スカのナンバー1バンド、スカタライツをバックにシングル「シマー・ダウン」を録音、ザ・ウェイリング・ウェイラーズとして発売、大ヒットを記録します。

その後、数人のメンバーを加えて、ザ・ソウレッツを結成しますが、結局元の3人に戻り、「ザ・ウェイラーズ」として活動して行くことになります。

そしてこの頃、ボブはラスタファリニズムの長老、マーティモ・プランナーに弟子入りし、ジャマイカが生んだ偉大な思想家マーカス・ガーヴェイから始まったラスタファリニズムに入信します。
そして、ザ・ウェイラーズは、ヘアー・スタイルをドレッド・ロックスにした最初のグループとなります。
      
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   <title>トレンチタウンからの出発</title>
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      ボブの父親は1955年にキングストンで死亡し、彼は母親とともにキングストンのスラム街、トレンチタウンで暮らし始めます。

歌手として生活費を稼ごうと、ボブはタレント・ショーに出ますが、その頃バーニー・ウェイラーと知り合います。
二人は、ジョー・ヒッグスの指導のもと、コーラスの練習を始めます。

同じく学生時代に知り合ったピーター・トッシュが加わり、彼らはコーラス・トリオとして活動を開始します。
しかし、1962年にシングル・デビューを果たすものの、まったく売れませんでした。
      
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   <title>ボブの誕生</title>
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      ボブ・マーリー（本名ロバート・ネスタ・マーリー）は、1945年2月6日ジャマイカ北部海岸沿いの小さな村、ナイン・マイルズで生まれました。

彼の父親ノーヴァル・マーリーは、ジャマイカ駐屯のイギリス軍大尉でもちろん白人ですが、母親は地元ジャマイカの黒人でした。

白人と黒人との混血であり、支配者と被支配者との間に生まれた子供という彼の境遇は、彼を苦しめたと同時に、その壁を越えさせる運命を彼に与えました。

彼がジャマイカという小さな島国を飛び出し世界を駆けめぐることになるのも、彼の生み出したレゲエが世界中へと広がって行くのも、すべてはこの彼の生い立ちから始まったと言ってよいでしょう。
      
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   <title>ボブ・マーリー</title>
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   <summary> ボブ・マーリーは、ジャマイカのレゲエミュージシャン。 その音楽はラスタファリア...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="6.jpg" src="http://nvhome.net/6.jpg" width="250" height="207" />

ボブ・マーリーは、ジャマイカのレゲエミュージシャン。
その音楽はラスタファリアニズムの思想を背景としており、彼の音楽・思想は（音楽制作者のみならず）数多くの人々に多大な影響を与えている。

愛用のギターはボディとネックに1ピースマホガニー、指板はローズウッドを使用し、ピックアップにP-90を2基搭載したギブソンのLes Paul Specialであった。]]>
      
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